menehune 京都、寺社巡り。

ブログ運営者のmenehuneが訪れ撮影した、京都の寺社を5つのエリアで掲載。

☆花園・西陣~洛中

本満寺(ほんまんじ)

本満寺(ほんまんじ)は、日蓮宗本山。1410年(応永17年)近衛関白道嗣の嫡子、玉洞妙院日秀が今出川新町に朝廷より敷地三万坪を与えられて創建。広宣流布山、本願満足寺と号す。1536年(天文5年)の天文法華の乱後、12世日重の代、1539年(天文8年)関白近…

上善寺(じょうぜんじ)

上善寺(じょうぜんじ)は、千本今出川の交差点近くに位置する、天台宗の寺院である。山号は千松山。貞観5年(863年)、慈覚大師により創建されたが、文禄3年(1594年)に北区鞍馬口に移転した際、元の場所に再興されたのが当地の上善寺となります。

法金剛院(ほうこんごういん)

法金剛院(ほうこんごういん)は、平安時代の初め、右大臣清原夏野の山荘を没後寺とした律宗の寺院。1130年(大治5年)待賢門院の御願により当院を建立。円覚上人によって再興。丈六の本尊阿弥陀如来坐像(重要文化財)は定朝様、平安時代後期の代表的な仏像…

白峯神宮(しらみねじんぐう)

白峯神宮(しらみねじんぐう)は、明治天皇が1868年(明治元年)、讃岐の白峯陵から崇徳天皇の御霊を遷し創建された旧官幣大社。のち明治6年に淳仁天皇も淡路陵から御霊を遷し合祀。御祭神の崇徳天皇は「保元の乱」で、淳仁天皇は「藤原仲麻呂の乱」で、それぞ…

六角堂(ろっかくどう)

六角堂(ろっかくどう)は、紫雲山頂法寺(しうんざんちょうほうじ)と号する寺で、本堂が六角宝形造(ほうぎょうづくり)であることから、一般に「六角堂」の名で人々に親しまれている。 開基は聖徳太子で、四天王寺建立の用材を求めて太子がこの地を訪れた…

北野天満宮(きたのてんまんぐう)

北野天満宮(きたのてんまんぐう)は、京都市上京区にある神社。旧称は北野神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「星梅鉢紋」。通称として天神さん・北野さんとも呼ばれる。 天暦元年(947)に創建された、…

妙蓮寺(みょうれんじ)

妙蓮寺(みょうれんじ)は、法華(日蓮)宗京都二十一カ寺の本山で、日蓮上人の孫弟子・日像上人を開基とする。 永仁2年(1294年)に、造酒屋の柳家仲興が日像上人に帰依して、西洞院五条の邸を寺に改め、柳寺と称したのが当寺の起こりで、応永年間(1420年…

妙顕寺(みょうけんじ)

妙顕寺(みょうけんじ)は、正しくは四海唱導妙顕寺といい、日蓮宗の大本山の一つである。 日蓮聖人の孫弟子にあたる日像上人が、元亨元年(1321年)に、京都における日蓮宗最初の道場として創建したのが当寺の起こりである。 建武元年(1334年)には、後醍…

本隆寺(ほんりゅうじ)

本隆寺(ほんりゅうじ)は、法華宗真門流の総本山で、正しくは慧光無量山本妙興隆寺という。法華宗京都八本山の一つである。 開山は中山大納言親道卿の子・日真で、後に、後柏原天皇により日蓮聖人の正当な流れであることを証する大和尚の称号が下賜された。…

本法寺(ほんぽうじ)

本法寺(ほんぽうじ)は、叡昌山と号し、日蓮宗本山の一つである。永享8年(1436年)本阿弥清信が日親上人を開基に請じて創建したのが当寺の起こりという。 はじめ四条高倉にあったが、天文5年(1536年)法華の乱によって山徒に焼かれ、のちにここに移った。…

本能寺(ほんのうじ)

本能寺(ほんのうじ)は、法華宗本門流の大本山で、応永22年(1415年)、日隆上人によって創建された。 当初は本応寺と称していたが、永享5年(1433年)、六角大宮に移転した際、本能寺と名を改め、更に天文14年(1545年)、油小路蛸薬師一帯に広大な寺域を…

法輪寺(ほうりんじ)

法輪寺(ほうりんじ)は、臨済宗妙心寺派に属し、三国随一といわれる起き上がり達磨をはじめ、心願成就を祈って奉納された八千余りもの達磨を達磨堂に祀っていることから、達磨寺の名で親しまれている。 江戸時代の享保12年(1727年)に、萬海和尚が創立した…

平野神社(ひらのじんじゃ)手ぬぐい画像あり

平野神社(ひらのじんじゃ)は、平安遷都に伴って、奈良の平城京からこの地に移された神社で、祭神として、今木神、久度神、古開神、比賣神の四柱を祀っている。平安時代中期には、伊勢、賀茂(上賀茂・下鴨)、石清水、松尾に次ぐ名社に数えられた。 桜の名…

大報恩寺(だいほうおんじ)手ぬぐい画像あり

大報恩寺(だいほうおんじ)は、瑞応山と号する真言宗智山派の寺院で、千本釈迦堂の名で知られている。承久3年(1221年)藤原秀衡の孫、義空上人が、猫間中納言光隆の家卒、岸高より寄進を受けたこの地に、小堂を建て一仏十弟子像を安置したのが当寺の起こり…

瑞峯院(ずいほういん)手ぬぐい画像あり

瑞峯院(ずいほういん)は、大徳寺の塔頭の一つで、天文4年(1535年)に九州の戦国大名・大友義鎮(宗麟)公が自分の菩提寺として建立した。大徳寺の徹岫宗九和尚を開祖に迎え、自らの法名をとって瑞峯院と名付けた。宗麟は後にキリスト教の洗礼を受けたキリ…

水火天満宮(すいかてんまんぐう)

水火天満宮(すいかてんまんぐう)の祭神は、平安時代の政治家であり、漢詩人・学者としても有名な菅原道真である。由緒書・家系図には、「洛陽一条下り松の霊地に、雨水雷火の難を清除の守護神として菅公を祭る為に、延暦寺の尊意僧生に勅命ありし、日の本…

仁和寺(にんなじ)

仁和寺(にんなじ)は、仁和4年(888年)に宇多天皇により完成した勅願寺で、また皇子・皇孫が門跡を務めたことから門跡寺院の筆頭として「御室御所」といわれています。 応仁の乱(1467~1477年)により、全伽藍を消失しましたが、寛永18~正保元年(1641~164…

神泉苑(しんせんえん)

神泉苑(しんせんえん)は、延暦13年(794年)桓武天皇が平安京の造営にあたり、大内裏の南の沼沢を開いて設けられた苑池であり、常に清泉が湧き出すことから神泉苑名付けられた。 その境域は、南北4町東西2町という広大なもので、境内には大池と中嶋のほか…

上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)

上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)は、蓮華金宝山九品三昧院と号する真言宗治山派の寺院である。 古くは聖徳太子の創建と伝えられ、当初は香隆寺と称したが、天徳4年(960年)に宇多法皇の勅願により、寛空僧正が再建し、寺号を上品蓮台寺と改めたといわれ…

高瀬川一之船入(たかせがわいちのふないり)

高瀬川一之船入(たかせがわいちのふないり) 船入とは、荷物の積み下ろしや船の方向転換を行う場所で、二条から四条の間に9個所作られたが、国の史跡に指定されているこの場所を除いてすべて埋め立てられている。 高瀬川は保津峡の開発などで有名な江戸初…

雨宝院(うほういん)西陣聖天宮

雨宝院(うほういん)は、北向山雨宝院と号する古義真言宗の寺で、「西陣の聖天さん」として親しまれている。 本堂に安置する本尊「聖天(大聖歓喜天)像」は、821年、弘法大師(空海上人)が嵯峨天皇の御悩平癒を祈願して安置したものとされ、それが当寺の…

平等寺(びょうどうじ)因幡薬師

平等寺(びょうどうじ)は、長徳3年(997年)、因幡(現在の鳥取県)国司・橘行平が、任を終え帰京の途中、夢のお告げに従って因幡賀留津の海中から引き上げ、安置しておいた薬師如来像が、行平のあとを追って京都に飛来したといわれ、長保5年(1003年)、行…

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